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『たそがれる』の意味って?物思いに耽るという意味ではない?

将軍
将軍
こんにちは!将軍です!

たそがれる(黄昏れる)』という言葉は誤用が多いと言われています。私も今まで間違った使い方をしていました!

この記事では『たそがれる(黄昏れる)』の意味や語源について見ていきます。もし、周りの方は間違った使い方をしていたら教えてみてください。

『たそがれる』の間違った意味・使い方

ワン太郎
ワン太郎
『たそがれる』って物思いに耽るって意味じゃないの?

窓の外やある一点を見ながら、考え事をしている人・ぼーっとしている人に向かって『何たそがれてんの?』と話しかけるという方が多いと思います。しかし、この『たそがれる』は実は『物思いに耽る』という意味ではないんです。

多くの方が間違えてしまいがちなこの意味の本当の意味について見ていきましょう!

  • 『たそがれる(黄昏れる)』の意味は本来は物思いに耽るという意味ではない

ちなみに『物思いに耽るという』意味は『悩み事や心配事について一心に考えて、他のことが手付かずになってしまう様子』という意味になります。

『たそがれる』の本当の意味

気になる『たそがれる』という言葉の意味には2種類あります。

  • 日が暮れて薄暗くなる様子。夕方になる。
  • 人生の盛りを過ぎて衰える様子。

日が暮れて薄暗くなる様子・夕方になるなどの風景を表す意味や、人生の盛りを過ぎて衰える様子などの意味があります。夕方などの意味は『たそがれる』は漢字で『黄昏れる』というところから想像ができますよね。

『黄昏る』の『黄昏』の意味にも、上と同じ意味があり、黄昏が動詞の形になったものが『たそがれる(黄昏る)』になります。

誤用とされている『物思いに耽る』とは全く意味が違うので驚きですよね。しかし、誤用とされているこの意味も今では『俗語』として辞書に乗ることもあるようです。

  • 俗語:教養として扱われていない言葉のこと

『たそがれる』の語源

次は『たそがれる』の語源について見ていきましょう。語源を調べるのって結構面白いですよ!



『たそがれ(黄昏)』は、江戸時代まではたそかれという言葉で親しまれていました。夕方の薄暗くなる時は、街灯などの明るいものがないと、向こう側から歩いてくる人の顔(姿)って分かりませんよね。

そこで発した言葉『誰だあれは』という意味で誰彼(たそかれ)と尋ねたことから、『たそかれ』という言葉ができたと言われています。その『たそかれ』が巡り巡って『たそがれ』という発音されるようになりました。そしてその動詞の形になったものが『たそがれる』になります。

  • まとめますと、たそがれるの語源は、夕方の薄暗い時に向こう側にいる人がどんな人か分からない。それをどんなひとか尋ねるという意味の『誰彼(たそかれ)』が語源になります。

『たそがれる』の反対の言葉

ワン太郎
ワン太郎
『たそがれる』の反対の言葉ってあるの?

『たそがれる』の反対の言葉は彼は誰時(かはたれどき)とされています。このかはたれどきは、元々は薄暗い朝方や夕方という両方の意味を持つ言葉でしたが、のちに朝方に限定になったそうです。そして夕方を表すのは『たそがれ』となりました。



ちなみにこの『彼は誰時(かはたれどき)』の語源は『彼誰(かわたれ)』というたそがれの語源である『誰彼(たそかれ)』の逆のような感じになっています。

  • たそがれ:薄暗い夕方どき
  • かはたれどき:薄暗い明け方

まとめ

『たそがれる』の意味や語源について見ていきました。

〜たそがれる(黄昏る)まとめ〜
  • 『たそがれる(黄昏れる)』の意味は本来は物思いに耽るという意味ではない
  • 本来の意味①日が暮れて薄暗くなる様子。夕方になる。
  • 本来の意味②人生の盛りを過ぎて衰える様子。
  • 俗語として辞書に載っていることもある
  • 反対の言葉は『かはたれどき』で意味は、薄暗い明け方